「NOKTON D35mm F1.2」レビュー:Z fcに一番似合うレンズ

カメラ

クラシックな外観が見る人の心をつかみ、好調なセールスを記録しているニコンの「Z fc」。たしかにボディのデザインは素晴らしいのですが、実は似合うレンズがまったく存在しない難儀なカメラなのです。

現代的なZマウントレンズが似合わないのはもちろん、この機種のためだけに作られたクラシックスタイルの「NIKKOR Z 28mm f/2.8(Special Edition)」だって、単体で見たらそれっぽくても着けてみたら妙に大きくアンバランスです(その割に軽くてチープ)。

それもそのはず、Zマウントはこれからのミラーレス一眼のための高性能レンズを無理なく設計できるように非常にマウント径を大きくした最新規格ですから、Zマウントの純正レンズである以上はいかに意匠をこねくり回したところで結局は往年のレンズとは似ても似つかない極太形状になってしまいます。

ではマウントアダプターで本物のオールドレンズを着けてしまえば良いのか?それで納得する人もいるでしょうが、個人的にはZ fc+マウントアダプター+オールドレンズは不格好だと思っています。大きなマウントに小柄な古いレンズを着けるとみっともない段差が目立ちますし、Zマウントはフランジバックもとても短いので、光軸方向でもやはりマウントアダプターの存在感が強すぎます。

そんな中、Zマウント初となる正規ライセンスを受けたサードパーティ製レンズの発売にコシナが名乗りを上げました。その第一弾が今回紹介する「NOKTON D35mm F1.2」です。

レンズそのものはフジXマウント向けと共通(なのでもちろんAPS-C専用)ですが、外装はまさにZ fcのためのもの。なんとか窮地を脱したばかりのニコンには自らこんな粋なレンズを出す余裕は当然ないでしょうから、ニッチな逸品をひっさげてきたコシナさんにはただただ感謝。安ズーム屋のSとかTには一切興味ありませんが、こういう有益なサードパーティには頑張ってほしいものです。

Z fcのためだけに作られたオールドニコン風のルックス

前置きが長くなりましたが、早速チェックしていきましょう。NOKTON D35mm F1.2はフォクトレンダーブランドのAPS-C専用Zマウント単焦点レンズ。マニュアルフォーカス専用ではありますが電子接点付きのレンズで、絞り値などの情報をボディとやり取りできるため、絞り優先モードで快適に撮影できます。

ちなみに、コシナのZマウント用レンズはこれだけで終わりではなく、「NOKTON D23mm F1.2 Aspherical」「APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical」「APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical」の3本が予告されています。NOKTON D23mm F1.2 Asphericalは同じくAPS-C専用(D=Demi=半分)、アポランターはフルサイズ対応です。

箱を開けると、「…weil das Objektiv so gut ist」(レンズがとても良いから)というメッセージ。フォクトレンダーは元々ドイツの名門ブランドで、1999年にコシナが権利を取得して同ブランドのレンズ(昔はフィルムカメラも)を開発・製造するようになりました。

レンズ本体のほか、ロゴ入りのレンズキャップと金属製のレンズフード(ねじ込み式)が同梱されています。

まあ、まずは見てくださいよ。光学部分はXマウント版と同じでも、外装はわざわざZ fcに似合う粋なものを作り直してくれています。指標や文字のカラーリングなど、ニコンのオールドレンズをオマージュしたものに変えられており、似合わないはずがありません。この手のレンズには大きすぎるZマウントのマウント径からの絞り込みも自然でお見事。

全長は無限遠のときが最も短く、フォーカスリングを回すと少し前玉が繰り出します。

それにしても、さすがはフォクトレンダー/ツァイスの両ブランドで趣味性の高いマニュアルレンズの作り込みに長けたコシナです。適度に重みがありヌルっとした動きのフォーカスリングも、チチチと静かながら確かな手応えのある絞りリングも、実に心地良い操作感。最近のレンズは電磁絞りがほとんどですから、こういうヘリコイドのダイレクトな感覚を味わえるものは少なくなりました。

良質なマニュアルレンズを今でも作れるメーカー、それもライカのような雲上の存在ではなく手が届くまともな価格帯となると、もはやコシナしか残っていないのではないでしょうか。

後発のNOKTON D23mm F1.2 Asphericalもほぼ同じデザインとなる予定ですが、長すぎずギュッと詰まった鏡筒、大きな前玉など、私の好みで言えば格好は僅差で35mmの勝ちかなと思っています。

レンズフードを着けてももちろんカッコいい。ブラックペイントのメタルフードだとぶつけたら塗装が剥げるし衝撃がレンズやボディに伝わってしまう、ねじ込み式だとフィルターの着脱が面倒だし歪みなどのトラブルも起きうる……などなど、ぶっちゃけ時代遅れで非実用的な作りであることは間違いないのですが、このスタイルにはやっぱりこれじゃないと。

絞りによる写りの変化

いつもならこのまま作例の紹介に移るところですが、先にこのレンズの性質についてお断りしておきます。

NOKTON D35mm F1.2は、見た目だけでなく中身も完全にオールドレンズの世界です。すべて球面レンズで構成され、良く言えば味のある、悪く言えばクセの強い写りをします。その点、NOKTON D23mm F1.2 Asphericalは名前の通り非球面レンズ込みの設計で現代的な写り。

見た目はそっくりでも写りの方向性はまったく違うので、画角だけでなく写りの意味でも、自分がどういう写真を撮りたいのか・どういうレンズが欲しいのかを明確にしておかないと買って後悔することになりかねません。

以下の4枚は、F1.2→F1.8→F2.8→F4の順で絞りとそれに対応するシャッタースピードのみを変更し、露出計が0になるように揃えて撮影した写真です。

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開放ではボケがざわつき、周辺減光も目立つ昔ながらの大口径レンズらしい写り。現代ではF1.2なんて明るいレンズでも開放から普通に使えてしまうような化け物も無くはありませんが、このレンズは大口径レンズを使いこなすには相応の腕やセンスが求められた時代のままだと考えるべきです。明るさや被写界深度だけでなく、クセのコントロールという要素も絞りを選ぶ判断要素に加わります。

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ちなみに、F8あたりまで完全に絞ってボケを使わない表現をしたらカッチリ写るのかというと、案外そうでもありません。このレンズを「開放ではオールド、ちょっと絞ればクリア」と評する方もいますが、私の基準では絞ればちゃんと撮れるとまでは言えない印象です。

上の写真はF8まで絞って撮りましたが、建物の右端あたりを見るとまったく解像しておらず甘々なのが伝わるかと。どこまで行ってもオールド風味はある程度残るので、無理な要求はせず「新品で買えるオールドレンズ」ぐらいのつもりで向き合いましょう。

「NOKTON D35mm F1.2」の作例

ここからは、実際にNOKTON D35mm F1.2で撮った写真をお見せしながら写りを評価していきます。作例はすべてFlickrにアップロードして埋め込んであるので、拡大して見たい方はリンク先も合わせてご覧ください。

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まず言っておきたいのは、手ぶれ補正もないZ fcやZ 50で開放F1.2の極薄ピントをマニュアルで合わせるのは至難の業だということ。実質オールドレンズなので、微妙に合ってなくても「なんかそういうボヤッとした写真」として許容されてしまうゆるさが救いです。

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夜の名を持つレンズですから、作例も夜中心でお送りします。拡大すると全然まともに写せてなくて驚きますが、雰囲気は良いですよね。こんな感じで味を楽しむレンズです。

ちなみに、ちょうどいい作例を用意できませんでしたが、何気に希少な「12枚絞り」というのもこのレンズのポイント。街灯やイルミネーションなど、絞るときれいな光芒が出ますよ。

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そりゃ、はじめは思うように撮れなさすぎて裏切られたような気持ちになるかもしれません。でも、慣れてくれば気楽なものですし、独特の色気も感じます。

ただ、この写真の背景みたいなザワッとした葉のボケ方なんかははっきりと欠点が出ている感じ。ハマる被写体に出会うまでは(出会ってからも?)「なにこれ」と思う場面は多々あると思いますし、上級者向け・通向けですよね。私も残念ながらこのレンズのすべてを味として許容できる境地には達していません(まあ、元々の好みはどちらかといえば現代的高性能レンズですし)。

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あとはやっぱりオールドレンズ(みたいなもの)ですから、モノクロ系のピクチャーコントロールと合わせても雰囲気が出ますね。

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個人的に、今のところこのレンズで撮った中で一番刺さったのはこの写真。道路脇の工事現場に置かれていた何気ない構造物を安直な構図で撮っただけの何気ない一枚ですが、ハッとさせられるような発色と立体感、存在感。ただ写らないことを味として楽しむだけのレンズではなかったのだと、秘められたポテンシャルを感じました。

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