どこで何を踏み違えたのか、1本目の機械式腕時計からヴィンテージ時計に手を出すはめになってしまいました(アンティークの域ではないはず)。今回お迎えした時計は、1964年製のセイコー ロードマーベルです。
現代には残っていないシリーズなので、国産腕時計の歴史に興味がある人以外はまず名前すら知らないはず。一言で言えば、国産初の高級腕時計。さらに、今では世界に誇るジャパニーズブランドに成長したグランドセイコーの礎になった時計でもあります。どうでしょう、ただの国産の古時計が急に偉大なものに見えてきたのではないでしょうか。
ロードマーベルを選んだ理由
そもそもは時計の持つ歴史に魅力を感じていたというよりは、純粋に初代グランドセイコー(以下、GS)のシンプルで美しい佇まいが好みに突き刺さり、「復刻モデルでも本物でも結局は100万円コースか……」「1st復刻以外の現行GSでいろんな要素(手巻き、3針、ノンデイト、ラグ形状など)を考えるとSBGW231になるけど、ぽってりしたフォルムがちょっと好みと違うんだよな……」などと色々考えていました。
幸か不幸か、100%納得できるものをスパッと買っておしまいという状況ではなかったので、他ブランドも含めてあれこれと調べて明日使えない知識が蓄積されていくことになるのですが、その話はさておき。
そんな調子でネットサーフィン(死語)をしているうちに、何もあのスタイルは高嶺の花のGS 1stに限ったものではないということに気付きます。グランドセイコーが誕生するまでのややこしい歴史については本題から逸れるので割愛しますが、機構的にはざっくり言えば当時の高級機「ロードマーベル」と「クラウン」の良いとこ取りをして生まれたのがGS 1stです。
その先祖の片割れであるロードマーベルもGS 1stと同じぐらい好みのルックスだと気付き深掘りしてみると、先述のように国産初の高級腕時計という解釈もあるほどの華やかな存在だったこと、現在まで続くGSの先祖として歴史に爪痕を残していることなど、ストーリーも実に魅力的な時計でした。
国産腕時計史の1ページとしての存在価値はGS 1stにも劣らないと思いますが、そこはGSの威光の有無による市場評価の差があまりにも大きく、よほどの物好きが見なければあくまで古い普通のセイコーの時計でしかないロードマーベルの売買相場ははるかに低いです。残念な話ではあるものの、現実的なコストで手元に置けるという意味では助かることでもあります。
初期型を買うか、後期型を買うか
ロードマーベルはGS登場前夜のセイコーの最高級機ですから、当時購入した人々にとっては間違いなく大きな買い物。家宝のように大切に扱われ、子孫に受け継がれた個体が多く、60年前後も前の腕時計にしては今でもそれなりの状態の物がそれなりに多く流通しています。
しかし一口にロードマーベルと言っても、1958年から1978年まで20年に渡って続いたシリーズであり、いくつかの世代に分かれていますし、現代の画一化された工業製品とは違うので各モデル内のマイナーな形態差も無数にあります。実際に購入したい1本を探す上では、単にロードマーベルというだけではなくもう少し絞り込んで待つべきでしょう。幸いにも、悠長に選別できるぐらいの流通量はあるんです。
先に書いた「GS 1stと比べればロードマーベルの相場ははるかに低い」というのは事実ですが、それはGS 1stが段違いに神格化されているだけ。ロードマーベルの中にもマニアが探し求めるレア物はあり、たとえば「Sマーク」や「はまぐりケース」などという最初期特有の特徴を持った個体や、単純に素材の価値が高い金無垢モデルなどは相応の値が付きます。
20年におよぶ生産期間の間にロードマーベルを取り巻く環境は目まぐるしく変化しました。最初期の1958年からGS誕生の1960年までは、ロードマーベルがラインナップの頂点に君臨していた最も華やかな時代です。その後、玉座をGSに譲って準高級機となり、数年後には別系統のムーブメントに載せ替えた後期型に移行。そして、1967年以降はケース形状もがらりと変わり、ハイビートの新型ムーブメントを搭載した「ロードマーベル36000」という別物に生まれ変わります。
私の好みとしてはやはり、まず見た目でロービート時代(36000になる前)の9年間に絞られます。ロードマーベルは元々、当時あったマーベルという時計をベースに仕立てた高級機だったので、初期型には当然マーベル系のムーブメントが搭載されていますが、後期型は名前とは裏腹にクラウン系のムーブメントに変わっています。
お金に糸目を付けず、そして長期的に理想の個体が出るまで張り込み続ける覚悟があるなら、やはりGS 1st以前のフラッグシップモデルとして最も贅沢に作り込まれた最初期型、せめてマーベル系の心臓を持つ初期型を狙うべきなのでしょう。しかしまぁ、クラウンベースの後期型だって結局GSの礎になったもう片方の心臓を受け継いでいることには変わりありません。ベストな年式の物を探すより、譲歩してコンディションの良い物を狙おうという方針で、無理せず後期型に絞って良いご縁を待つことにしました。
そうそう……ロードマーベル36000の話も少しだけ。最初はまったく興味がなかったのですが、ロードマーベルについて調べているうちに目に入る機会が多く、ついつい気になってきてしまいました。
ロードマーベルの始まりには「国産初の高級腕時計」「GSの先祖」というビッグな歴史がありましたが、ロードマーベル36000となったハイビート化以降もそれはそれで大物なんですよ。セイコーが機械式腕時計から一時撤退する1978年まで生き残った最後の時計のひとつですし、そんな時代の移り変わりの中で、クォーツショックの引き金を引いた他でもないセイコー自身が作った世界最高精度(当時)の機械式腕時計でした。趣味性の高いアイテムとして機械式腕時計が再興する以前の、実用品として活躍した最後の時代に生み出されたひとつの到達点というわけです。
こうして見ると、ロードマーベルは始まりと終わりのどちらを取っても時代の生き証人なんですね。そのどちらでもない中間地点が私の買った後期型(36000も含めたら中盤の時期)なんですが、それ故にお手頃なので、単にロードマーベルが欲しい人には狙い目ですよ。
結局どこの店でどんな物を買った?
前置きが異様に長くなってしまいましたが、ここまで語れる程度には調べ上げましたし、単に安い・高い、カッコいい・ダサい、新しい・古いという話ではない、意味と重みのある買い物ができたという点において後悔はありません。
要約すれば希少性の高い年式よりもコンディションや販売店の信頼性に重きを置いて探したわけですが(えっ、ここまでの話それだけ?)、最終的には大阪にある「ウォッチコレ」というお店の通販でお目当てのものを見つけて購入しました。
この店を選んだ理由は、国産ヴィンテージ時計の取扱実績が豊富なこと、整備も行っている店なので状態の目利きを信用できること、内外装の写真も見やすく遠方で来店できないことによる不安も少ないこと、オーバーホールの料金設定も手頃なので今後のメンテナンスもお願いしやすそうなこと……なんかもう、パーフェクトに近いですね。
私が購入した個体は、1964年製のロードマーベル後期型。型番は5740-1990、ムーブメントはCal.5740A(手巻き/23石)でハック機能が付いています(現代の時計なら当たり前ですが、竜頭を引くと秒針が止まるという意味)。外装は金張り。ケースもムーブメントもそこそこきれいで、2022年2月にオーバーホール実施済とのこと。購入時の価格は52,800円でした。
ちなみに、ヴィンテージ時計というと数年おきのオーバーホールやトラブル発生時の修理など、持つハードルと維持費が高そうにも思えますが、オールドセイコーに関してはお世話をしてくれる店も部品もちゃんと探せばそれなりにある方です。この時計に関しては3針ノンデイトで複雑機構もありませんし、現存数も多い機種ですから、当面のコストやリスクは過度に怯えるほどではないと考えています。
いよいよロードマーベルを拝見
さて、それでは御年58歳、2020(2021)じゃない方の東京五輪の年に製造されたロードマーベルの御姿を拝みましょう。
ストレートな細身のラグを持つ凛々しい佇まいに、イエローゴールドのレトロな雰囲気が合わさってなんとも魅力的です。
ロードマーベルの外装素材はステンレススチール(SS)、SSを金で覆った金張り(GF)、ケース全体を金で作った金無垢の3パターンがあります。普通に考えたらSSが一番安そうなものですが、そもそもロードマーベルって発売当時はほかの国産腕時計の2倍ぐらいした高級品です。どうせ奮発して買うなら金の時計を……と考える人が多かったようで、今となっては個体数が圧倒的に少ないSSの方がGFより圧倒的に高いという逆転現象が起きています。後発のロードマーベル36000になると普通にSSが主流なんですけどね。
ステンレスの上から金を張ったものというと、すぐに剥げてしまうメッキのようなものを思い浮かべるかもしれませんが、メッキよりは数十倍厚いものなので、こうして60年近く経ったものを手に取ってみてもまだしっかりと金ピカです。
明るい場所で撮った写真ではほとんどお見せできないのがもどかしいのですが、この個体の文字板には放射状の筋目があり、間近で見ると決して単調ではなく高級感があります。検討していた同型番の別個体では縦方向の筋目のものも見かけたので、おそらく年式によって違うのでしょうかね。
バーインデックスがアプライドされており、時分針はドーフィン針。文字板上の表記は、上部に筆記体で「Seiko Lord Marvel」、下部に「DIASHOCK 23 JEWELS」のみとシンプルです。初期型や金無垢モデルではSD文字板やAD文字板と呼ばれる更に手の込んだ物が使われており、それを示すマークが入ったりします。手巻き3針なら17石もあれば十分と言われていますし、23石ということを前面に出してくるあたりは石数の多さがステータスだった時代の高級機らしさを感じる部分です。
この年代の物なので、風防はもちろんプラ。注意深く扱うに越したことはありませんが、デッドストックなり汎用品なり、パーツが出ないわけではないので傷が入ったら致命傷というわけではないです。
文字板のSマーク入りは最初期のみで希少ですが、竜頭のSマークはもう少し後まで入っていたのか、Sマーク付きの竜頭が残っている個体はちらほら見かけます。とはいえ、修理時に交換することも多い部位ですから時期を特定するのは難しく、さすがに後期型は発売時点では違ったんじゃないかな?という気がします。フルオリジナルにこだわるわけでもないですし、貴重な部品であることは確かなので問題が出ない限りはこのまま残したいですね。
金張りの時計では、装着時に見えない部分には金を張らずステンレスの地のままにした物が多いそうです。しかし、さすが高級機。ロードマーベルは総金張り(AGF)なので裏蓋も金です。
刻印が薄く写真では見えないものの、裏蓋には文字板と同じ筆記体で「Seiko Lord Marvel」のロゴが入っており、その下にAGFの表記とシリアルナンバーがあります。シリアルナンバーの1桁目は製造年の下1桁、2桁目は製造月を表しており、この個体は1964年9月製と特定できます。
こじ開けを持っていないので中身をお見せすることはできませんが、この個体のムーブメント(Cal.5740A)はSEIKOロゴ入り。どうもこのあたりの年式が境目のようで、もう少し古いものだとSEIKOSHA表記になります。やはり、東京五輪のオフィシャルタイムキーパーを務めて世界に名を轟かせた1964年を機に、今で言うCI変更のような出来事があったのでしょうかね?
現状、SEIKO純正の革ベルト(リザード)が装着されていますが、もちろんさすがに当時物ではありません。尾錠も同様です。新品なのは良いのですが、本来はラグ幅19mmのはずなのに20mmのベルトが押し込まれている状態なので、ここはそのうち良い物を見繕って交換したいですね。
金のケースに合わせつつ、ブラック以外にしてお堅いドレスウォッチから少し外すとすれば、やはり似合う色はブラウンかブルーが鉄板かな~と思っています。19mmってマイナーなので、そもそも選びにくいところではあるんですけど。
こういう一点ものの買い物は一期一会なのでやむを得ず真夏に買ってしまいましたが、非防水のヴィンテージ時計なので雨や汗は禁物。実戦投入はしばらく我慢して、もう少し涼しくなったら時々着けていこうと思っています。